「ああ別居だ」
「別居しよこれ」
「しんどい」
Aはチャット上で突如切り出し始めた。
まあまあ、ちょっと待て。まだ何かやり直す方法があるんじゃないかな。子供には罪がないし、1歳になって間もない子供が可哀想だし。
「子供に罪ないですけど、半分あいつなのかと思うと愛情うすれるんすよ」
最近、主夫をやっているお陰で、男性からの家庭・仕事両立について相談を受けることがあるのだが、この件は重かった。
Aは(男性、30代、仮称)は元同僚。2年前に結婚し、奥様、現在1歳3ヶ月の男の子が一人の3人家族。
Aの奥様の頑なな子育てポリシーによって、夫婦関係に亀裂が入り始めているという。そのポリシーとは、「保育園に通わせるのは子供がかわいそう。親の手で育てたい。」というもの。保育園に通わせるのがかわいそうかどうかは極めて主観的な話で私は賛同しかねるが、まあ人それぞれ価値観がちがうからそれでも良しとしたい。
しかしながら、Aが困窮しているのは、奥様がその上で仕事との両立をしようとしていること。奥様はサラリーマンではないので仕事のフレキシビリティはあるものの、自信が家を空けることもしばしばある。そのばあいはAが会社を自宅勤務にして子育てに当たることになっている。
勿論常識的には、これで仕事が手につくはずもなく、実際子供の面倒で手一杯になり、在宅といいながら欠勤同然になってしまっている。だからこそ、Aは奥様に保育園に通わせることを提案しているのだが、聞く耳をもってもらえない。
奥様としては、夫の仕事の馬力を落としてでも子供の面倒に当たって欲しいという希望があるようだが、一方都内の一等地にマンションを持ちたいという希望も捨てていない。
夫であるAとしては、仕事も育児も稼ぎも自分の思い通りに無理を通そうといている妻の分別のなさに辟易してしまっているようだ。仕事はすでに支障をきたすレベルに近づいている。公私においてAの疲労も溜るばかりだ。
Aは振り返る。どうしてこうなっているのだろう。
子供が出来るまでは良かった。子供が出来てから妻の見えなかった価値観ずれや優先順位の付けられぬおかしな思考が露わになってしまった。
子供中心で夫の存在は薄い。これからどのような生活を築いていくかを横において、稼ぎの柱となるはずの夫の仕事を軽く見ている妻の態度にも不満がある。週に2回は妻側の両親がやって来て、親娘の大騒ぎが始まる。まるで妻の実家。落ち着く場所も無い。全て子供を理由に自分の存在がこの家から消えかかっている。楽しい事なんて全然ない。子育てってもっと生産的で、楽しい共同作業じゃなかったっけ。
Aの親には相談したのか?と私は尋ねた。なんとか奥様の理解を得るには親同士を巻き込んで行くしか無いのではないか、そう考えたからだ。
「親にも相談しましたよ。『初孫、かわいいけど、そんなんなら諦めるからまたいい人みつけてもう1人つくりな』って。」
おっと、軽いな。私はちょっと拍子抜けというか、あまりの潔さにこちらが動揺してしまった。でもきっと奥様方の家庭や、奥様の性格、いろいろ勘案して議論した結果なんだろう。
そして冒頭の別居のくだりが始まった。
「もう半年前から別居を考えているんですよ。」
Aは相当追い詰められている。心にまったく余裕はなさそうだ。
話を聞いていて、もはや子育ての夫婦での分担などの話ではなく、そもそもの家族のあり方の問題だ。
「なるほど、そこまで覚悟があるならパフォーマンスとして別居もありかもだね。」
「やっぱりそこですかねえ」
「こちらの言いたいこと、やりたいこと、奥さんにお願いしたいこと、きちんと伝えた上で、平行線なら、頭を冷やしてもらう」
「パフォーマンスでなく本気で終わりにしたいんすけどね。。。。ダメだな俺もそんなんだと。。」
「まあそこまでの覚悟があるからこそ、本気で相手とぶつかっていけば良いんじゃない。変わらないならそれこそ終わりだよ。」
「そうすね。」
チャットが終わる。ふう。なんかすごく疲れた。時計を見るとあっという間に1時間半が過ぎていた。
奥様の考えが頑な過ぎるという断罪は簡単だろう。でもきっと彼女にも言い分があるはずだ。初めての育児に対するおおまかな不安から、我が子を家族の目から離すことがどれだけ心配か。それを踏まえた思いやりを夫は見せているのだろうか。子供のことを考えたら、父としてもっと彼にはやるべきことはあるのではないか。
疲れたのは自分が本件に無力だったことだろうと思う。結局自分にはAと家族、そして一番かわいそうな子供を救えることは出来そうもない。なるようにしかならないのだろうか。
読者の皆様はどう考えますか?