イギリスの児童絵本の定番は日本でもおなじみの、アメリカ人作家エリック・カールによる「はらぺこあおむし」(The Very Hungry Catapillar)。
しかし、それより人気なのはイギリス人の作家、ジュリア・ドナルドソンによる「The Gruffalo(グラッファロー)」。
これは森のねずみがグラッファローという架空の怪物に遭遇するお話。じつは日本語でも「もりでいちばんつよいのは?」という邦題で発行されているらしい。
実は歴史は浅く、初版は1999年。しかし2015年現在までにおよそ1,300万部が発行されている。Wikipediaによると、はらぺこあおむしの初版が1969年で、現在まで3,000万部ということだから、発行ペースははらぺこあおむし以上である。
その人気たるや、絵本だけに収まらず、保育園の壁にイラストが書かれたり、ハリー・ポッターシリーズに出演したヘレナ・ボナム=カーターなど一流俳優をキャスティングしたCGアニメーションになったり、グラッファロー人形はなぜかデュッセルドルフの空港の売店でも見つけることが出来たほど。
ところでこのThe Gruffalo、どんな話かというと、簡単に言って次の様な話である。
ネタバレがいやなら見ないで欲しい。
一匹のねずみが、森を散歩していると、キツネやヘビなど次々と捕食者に狙われるのだが、その度にグラッファローという架空の恐ろしい怪物をでっち上げ、追い払うことに成功する。すると、嘘が真になって、突如森の中でグラッファローが現れてしまう。さらにねずみは機転を利かせ、自分が森でいちばん強くて恐ろしい動物だとホラを吹き、嘘だと思うなら一緒に来てみろとグラッファローを連れて森を歩く。周りの動物たちがグラッファローを見て逃げていく様を目の当たりにし、グラッファローはねずみの言うとおり、ねずみが最強なのだとすっかり騙され、ねずみに恐れをなして逃げてしまう。そしてねずみは平和に暮らしましたとさ。
小さいねずみが機転を利かして怖い動物を翻弄する。痛快でしかもグラッファローがきもかわいい。その辺が人気なんだと思う。
ところでこの話、嘘をついたら本当になってしまい、自分に不幸が帰ってきた、というところはオオカミ少年などでよくある因果報応的な話.。しかし、面白いのはそこから。そのピンチに対し、更に嘘を重ねることで結局辻褄が合ってしまうのだ。
絵本のストーリーには作者の生まれ育った国の文化背景や慣習、歴史などが少なからず反映されていると思う。その点を踏まえると、この話はいかにも大英帝国らしい話ではないか。
小さな辺境の島国が大国スペイン、フランス、オーストリアなどを相手に抜け駆けて、いち早く大帝国を築きあげたこと。さらには世界の大国であったインド、眠れる虎と言われた清国なども食い物にできたこと。二枚舌外交などという策を巡らし、各国の反目する民族にそれぞれ甘いウソを重ねたこと。現実はパレスチナ問題など中東に深い傷を残してしまっているが、きっとグラッファローの話のように上手く帳尻が合ってしまったケースも沢山あったに違いない。
子供の頃からこんな話を聞いて育つイギリス人。きっと要領のいい子が育つに違いない。桃太郎を読んでも帝国は築けないだろうなぁ。そんなことに思いを馳せると海外の絵本の楽しみも増える気がする。