ラウンドアバウトでぐ~るぐる

By Andy F - Own work, CC BY 3.0
By Andy F – Own work, CC BY 3.0

日本人にとってイギリスで車を運転するのは楽だ。イギリスは世界的なマイノリティである右ハンドル左側通行の総本山。但し日本とは大きく違う点が一つある。ラウンドアバウトの存在だ。

日本名は環状交差点と呼ぶらしく、最近導入が進められているようだが、イギリスでは狭いロンドンの中心部は別として、街中の生活道路レベルからモーターウェイと呼ばれる自動車専用道路までとにかくラウンドアバウトが多い。

これをマスターしないとイギリスでの生活ができない。基本ルールはただ2つ。
・環状交差点に入る場合はを右から来る車を優先し、進入する。
・環状交差点内では進行方向は左、つまり全ての車は時計回りに回る。

日本ではまず見かけないこの交差点、最初はとても緊張する。

入るときの緊張感

ラウンドアバウトの手前で停止、右からくる車がいなくなるのを見計らって入るのだが、交通量が多い時は一瞬のスキをみてエイヤっ!と突入しなくてはならない。最初はタイミングが掴めず、いつまでたっても輪の中に入れない。そのうち後続からクラクションを鳴らされ更に焦る。

どの出口で脱出(左折)するのかわからなくなる

輪の中でグルグルすると途端に方角がわからなくなり、どの放射道路へ出ればいいかわからなくなる。東西南北4方向のオーソドックスな交差点であれば、わかりやすいのだが、五叉路以上になると訳がわからなくなる。あれ今の出口が2番めだっけ?3番めだっけ?なんて言っているうちに違う道に出てしまったりする。

いざ脱出したくても出られなくなる

2車線以上の環状道路の場合、侵入後すぐに脱出する場合は輪の外側、それ以外の出口は内側を走り、必要に応じて外側の車線に移って外に抜ける。但し沢山車が環状道路にいる場合は、車線変更が出来ずおろおろしているうちに出口をミスって通りすぎてしまう。その場合2週目のグルグルに突入、ハンドルを握りながら、輪を走るハムスターになったような気がしてやるせなく、情けない気持ちになる。

恐怖Max! マジックラウンドアバウト

最初の戸惑いも今やいい思い出、一か月も車を走らせればすっかり慣れる。しかし、先日Swindonという街を通った時、史上最強のラウンドアバウトに遭遇した。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA
wikipedia

なんと、一つのラウンドアバウトに小ラウンドアバウトが5つ!このような複合ランドアバウトはマジックランドアバウトと呼ばれ、ここSwindonのものはイギリス屈指の難易度と恐怖感が味わえる。

私はこのマジックランドアバウトにたまたま通りすがってしまったので、その恐怖たるや、本当に半端無かった。

広大な広場は、あちらこちらで車がくるくるとまるで舞踏会、小ランドアバウトはそれぞれ時計回りだが、中心の大きなランドアバウトは反時計回りに回っている。どこに向かっているのか頭のなかは大混乱。そもそもどうしたら右端の道から左端の道へ抜けられるというのだ。前知識がなければ正直攻略できない。

 

swindon magic roundabout
itv news

写真には収めなかったが、マイカーのナビの地図が一瞬で方向を判断出来ないほど複雑怪奇な模様になっていた、結局、進入後左から2つ目の出口に行くはずだったのだが、堪らずすぐ左隣の出口から逃げ出して、他のルートで目的地に向かった。マジックランドアバウト体験はその一回きり。今振り返ればもう少し遊んでみれば良かった。残念。

運転席からの眺めは下の動画をどうぞ。

ナショナル・トラスト

ashridge_estate

ビートルズの曲に Happiness is a warm gunという曲があって、中学生当時、あまりのカッコよさに身悶えしながら、何度も何度もカセットテープを巻き戻して聴いた、ホワイトアルバムの曲の一つだった(ちなみに身悶えしていたもう一つの曲はHelter Skelter)。その歌詞にNational Trustという単語があった。それがなぜか妙に耳に残るため記憶に残っていた。

ようやく30年近く経ち、初めてNational Trustが何なのか判った。

National Trustとは歴史的文化遺産や自然景観を保護する非営利団体、こちらの会員になることで同団体が管理するイギリス国内の施設や公園などに割引で入れるほか、駐車場料金も優遇を受けることが出来る。夫婦で年間105ポンド。後日会員権とガイドブックが送られてきた。施設によっては入場料が一人20ポンド程度かかったりするので、3回程度行けば元は取れる計算。

national-trust

民間の草の根運動を発祥としているので、政府や地方自治体でカバーできないような小さな古民家から、景観の素晴らしい地域まで市民の視点で保護を進めていることが素晴らしい。

写真はそのナショナル・トラストが管理する、国内でも有数のブルーベルの群生地、Ashridge Estate。ロンドンから車で1時間半程度で気軽に行けるのが良い。

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パリでカメラ盗られた その2/2

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これまでのあらすじ
父に花の都パリを一目見せたいと、ロンドンから鉄道で一泊二日の旅に出た。二日間という限られた中で可能な限り見どころを回るべく、初日から昼飯も盗らず歩きっぱなしの旅となった。

二日目は最終日、一つも取りこぼしがあってはならぬとばかり、昨日に続いて行軍は続く。

ホテルからまず向かったのがルーブル美術館。途中カフェで朝食をとるも、朝っぱらからまず2キロ歩いて到着。その後超特急でミロのビーナス、モナ・リザなどルーブル内の見どころを周り、昼はピラミッド駅の近くでフォーをすする。その後オペラ座まで歩き、そこからモンマルトルを目指す。途中ムーランルージュを見ながら丘を登り、丘の頂上サクレ・クールまで到着。丘に登るのはさすがにケーブルカーを使ったが。。

サクレ・クールのドームに登ろうとしたが親父はもはや膝が限界に来ており、自分だけ登ることにした。

サクレ・クールの螺旋階段を登りながら、大問題に直面することとなる。自分の鞄の中に入っていたはずのカメラがないのだ。肩掛けカバンを背中に向けていたので抜かれたのだ。

そこそこ高かったんだよ。キャノンのG16

思い返してもどこで盗られたか思い出せない。最後に写真を取った場所だけは覚えている。ルーブルの中のモナ・リザの前だ。

ものすごい人で常にごった返すモナ・リザ前、写真を取って、鞄のポケットにさっと入れたところを後ろから見られていた可能性は高い。

でなきゃ、オペラから乗った地下鉄の中か。
もしくはモンマルトルに登るケーブルカーか道中か。

でももう遅い。こんなこと振り返ったってこの国で盗まれたものが帰ってくるはずなど100%ない。

すっかり意気消沈。弾丸ツアー最後の目的地、ノートルダム寺院を残していたが、全くやる気がなくなってしまった。

最後の望みをかけて、ピラミッドのベトナム料理屋へ戻るが、結果は☓。

ショックなのはカメラの盗難それ自体というよりも、その中に入っていたSDカード。この中に昨日のパリの写真も入っているが、前週に行ったコッツウォルズで撮った写真が沢山入っていたのだ。

原因の一つとして、自分のセキュリティ認識が甘すぎた。イギリスは思いのほか安全・安心な国で、日本とほぼ同じ感覚で住めてしまう。だからこそフランスでは親父の行動は監視して、財布を不用意に道端で出さぬよう注意したりしていたのだが、自分が疎かになっていた。情けない。

その後とぼとぼとシテ島へ。頭のなかは葬送行進曲。曇りきった私の目を通してみるノートルダム寺院の姿はまるで今話題の知事が居座る東京都庁舎にしか見えない。

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こんなに後味のわるい旅も滅多にない。3部作の最後を飾るのに最適?最悪?なエンディングだ。3部作で不幸が止まれば、の話だが。

しかし70中盤の親父の足腰の強靭さには恐れ入る。当分健康で長生きできるのでは。これが唯一の良い話かも。

今月から働きます

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6月になったが、朝の気温は10度。まだダウンジャケットやコートが必要なくらいロンドンは寒い。迂闊にも風邪をこじらせてしまった。そんな相変わらずの天候の中、自分の状況は大きく変化.。今月から働きます。

この3ヶ月、仕事をなんとかこちら再開したいと悪戦苦闘を繰り返していたのだが、駐夫(帯同者)の壁は厚い。日系転職エージェントを通して応募した10件弱のポジションは全て面接すら進まず終了。

そもそも、給与額より時間のフレキシビリティを求め、帰国時期が妻(正確には妻の会社)次第という私は、一般的に年収の20%と言われるフィーをもらう彼らのビジネスモデルには 商材として合致していないのだ。企業がエージェントに支援を依頼する時点で、必要な人材は正社員、願わくば終身雇用という相手を探している訳で。思惑半ばで従業員が帰国してしまったら企業としてはエージェントに”金返せ!”となってもフシギではない。

やはりここは、現地の日本人経営者にお会いしていろいろ相談をさせていただき、ご支援いただいたり、彼らの細かいニーズを拾ったりしたほうが、より自分の希望に合致しやすい仕事内容やスタイルにたどり着けるような気がしてきた。

そのような中で、プロジェクトベースで数ヶ月、とある日系のIT企業のお仕事をいただくことになった。

勿論直接企業と条件等は話し合うが、期間も勤務形態もフレキシブルなので直接契約/雇用ではなく、派遣会社に登録し、派遣社員として勤務する。自分は子供の面倒を見なくてはならないので、週3日子供をナーサリーへ送迎し、その空き時間(9時〜5時)で仕事をして、残りの2日間は子供と一緒に過ごすというアプローチとなる。これであれば、企業側も労働者側もWin-Winとなりうる。

このような身勝手な願いを聞き入れ、声をかけていただいた社長には本当に感謝しか言葉が見つからない。

勿論子育て担当の主従は入れ替わるが、海外でも東京にいた時と変わらず、夫婦で日本と変わらず子育てと仕事の両方を実現させたい。その試みの最初の一歩が始まった。

海外赴任となると、昭和のパラダイムでは男性が海外で出世街道を進む中、女性が仕事を泣く泣く手放し、完全に家に入り、子作りや子育てに専念という形式が一般的。ただし、今後はどうであろうか、日本の人口が縮小し一億総活躍時代と呼ばれる時代、これからのビジネスにおいて”海外進出”×”女性の活躍”というキーワードは当然の帰結と予想される。

一般的に男性に比べ語学が好き/得意な女性は多い。結婚しても海外赴任する機会も多くなるであろう。その場合夫はどうするのか、帯同して家に籠るのか?でもそれでは昭和のパラダイムの中で性別が入れ替わっただけだ。子供も産めない分女性よりも分が悪い。

男性だからこそ、どんな国に放り出されてもたくましく自分の能力を発揮すべきではないのだろうか。海外で専業主夫として時を過ごすのは、帰国後の家族の生活リスクを高めてしまう。

それが私の渡英にあたってのテーマであり覚悟であった。仕事ができないなら帰ろう、しかし40歳過ぎとは言え、もしそうなったらそんな情けない自分でいいのかと。

ナーサリーで覚えた英語の歌を歌う娘を見て思う。子供は可能性の塊だと。でも自分も可能性を捨ててはいけない。幾つになっても。だ。

パリでカメラ盗られた その1/2

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最近旅行に行く度に災いが起こる。お祓いしたい。。。

このネタのシリーズも3本めを数え(一本目二本目)、どこまで不幸の連鎖がつづくのかこちらもヒヤヒヤしている。

さて、4月の下旬、日本からはるばるロンドンに遊びに来た父を連れ、パリ12日の弾丸旅行に連れて行った。

70歳中盤に差し掛かった父は海外旅行をろくにしたことがなく、今回のロンドン訪問が初ヨーロッパ、たった2週間のロンドン滞在だが、折角なのでロンドンの地味な街並ではなく、パリの壮麗な景色を見せてあげたかったのだ。

とにかく時間がないので2日間でエッフェル塔からルーブル美術館、モンマルトルなどめぼしい観光スポットは全部回るという、まるで学生のような力技仕様の旅程を組む。

一日目はロンドンからは朝8時のユーロスターに乗り、12時前にはパリへ到着。そこからエッフェル塔へ、最上階からの帰りのエレベーターが激混みだったために全て階段で地上まで降り、凱旋門に登り、シャンゼリゼを下ってコンコルド広場まで約2km歩き、地下鉄でアルマ橋まで向かい、そこからセーヌ川クルーズを楽しみ、最後にオスマン通りのホテルに到着すること既に午後8時。

この間、昼飯は時間を惜しみエッフェル塔の下でパニーニを買って歩きながら食べただけ、オシャレカフェなどで休むなど言語道断。ひたすら目的地まで進め進めとばかり、まさに地獄の行軍を果たした我々父子はもうクタクタ。70過ぎの親父は足の皮が剥けたのに加え、凱旋門の螺旋階段で完全に足腰に来てこれ以降長い階段が登れなくなってしまった。

インパール作戦並のドSな行軍の後だが、ディナーは二人共ジャケットをきちっと着こなし、レストラン(セーズオスマン)でブルゴーニュの赤を傾けフレンチを楽しんだことだけは付け加えておく。

つづく